わが背とはよく言ったもので・・・。
昔、夫や特別な男性のことをわが背、あるいは背子とも言った。
会った日のその次の日の朝、後朝の別れの時に、背中を見せて去っていくから、とも言われているけれど、わが背、とはよく言ったものだと思う。
私は、やっぱり男性を男性として感じるのは、背中のような気がする。
背中に悲しみも喜びも、そして、自分に対する思いも感じられるような気がする。
小柄な男性であっても、その背中は、何となくたくましく感じられる。
男性特有の骨太さを感じるからかな。
かつてあることを話していたときに、ある人が、
結構肩幅あるから・・・。
とご自分のことを話されたとき、なぜか、ああ、男性なんだなあ、と思った。
では、どこに女性を感じるか?という話だけれど、正直、その女性を感じる部分はある。
実は、それに気づいたのは、小さいころの娘が走っているときのことだった。
仲のいい奥さんが、こうしてみると、○○ちゃん、どうしたって女の子だから、ちょっと色っぽいね、と言われたとき、私も同じことを感じていたのだった。
男の子のお母さまで、どこか女性の美しさに敏感な方だった。
小さくても、女性は女性なんだなあ、と思わされた。
普段仕事をしていて、自分が女性だということを忘れ、それこそ教師でしかない。
でも、古文の世界を渡っているとき、思わずその古語の意味にふと思いを馳せるとき、ああ、どうしたって女性は女性で、男性は男性なのだなあ、とつくづく思わされる瞬間がある。
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